映画アンパンマン~星のドーリィ~
壮絶というか、凄絶というか。
執念というか。
正義とは、何か?
お前が言うな、と言われる事を承知で、
どぞ。
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
なんのために生まれて、なにをして生きるのか?
答えられないなんて、そんなのはイヤだ
今を生きることで、熱い心燃える
だから君は行くんだ微笑んで
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
ああアンパンマン
やさしい君は 行けみんなの夢守るため
(やなせたかし 「アンパンマンのマーチ」)
なんのために生まれて
何をして生きるのか
これはアンパンマンのテーマソングであり、ぼくの人生のテーマソングである。
(やなせたかし 「アンパンマンの遺書」)
食べられないというのは、ものすごくきついですよ。飢えれば人肉だって食べようという気持ちになるんだから。このごろ、子供に食事を与えず、餓死させたなんていうニュースがありますね。これはもう、きついと思います。今は、みんな食べ物が無限にあると思っているけど、実際はそうじゃない。特に日本は食べ物を輸入しているんですから。
(やなせたかし 「時代の証言者�」読売新聞社)
ぼくは優れた知性の人間ではない。何をやらせても中くらいで、むつかしいことは理解できない。子供の時から忠君愛異国の思想で育てられ、天皇は神で、日本の戦争は聖戦で、正義の戦いと言われればその通りと思っていた。正義のために戦うのだから生命を捨てるのも仕方がないと思った。
しかし、正義のための戦いなんてどこにもないのだ。
正義は或る日突然逆転する。
正義は信じがたい。
ぼくは骨身に徹してこのことを知った。これが戦後のぼくの思想の根本になる。
逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること。これがアンパンマンの原点となるのだが、まだアンパンマンは影もかたちもない。
(やなせたかし 「アンパンマンの遺書」)
アンパンマンのテーマソングは「なんのために生まれて、なんのために生きるのか」というのですが、実はぼくはずいぶん長い間、自分がなんのために生まれたのかよくわからなくて、闇夜の迷路をさまよっていました。
(やなせたかし 「やなせたかしの世界」)
作詞:やなせたかし、作曲:いずみたく、歌:宮城まり子…この三人によって、名曲「てのひらを太陽に」が生み出されました。「てのひらを太陽に」は、1962年、やなせ先生が10チャンネルのニュースショーの構成をしたときに、その中の今月の歌として作られました。
『手のひらを太陽に』を書いたのは、あまりマンガを描いてなかった頃。その頃マンガは劇画が主流で、僕は劇画はいっさい描かないから仕事が少なくなってた。そんなとき、ふと夜中に手を懐中電灯で透かしてみれば、まっ赤に流れる僕の血潮だった。自分は仕事がなくなってゲンキがなくても、僕の血だけは赤くてゲンキなんだなと。それが『みんなの歌』で流れてから全国的に広がっていった。小学校の教科書なんかに載ってね。これがきっかけで僕は童謡協会に入れられてしまう。童謡をつくる気なんかなかったのに、童謡もつくるようになってしまった。人生わかりません。
もともとアンパンマンは「PHP」という雑誌に連載していた「十二の真珠」という短編童話の中の一つでした。そのアンパンマンは、顔がパンのアンパンマンと違い生身の人間で、戦時下の空を飛んで、飢えている子供にパンを配る正義の味方でした。しかし国境を越えたとたん、未確認飛行物体と思われて撃たれ、身体に風穴を空けて墜落してしまう…というお話でした。
さすがにこれは売れないということで、茶こげたマントに身を包み、アンパンの頭をもった正義の味方、「あんぱんまん」が出来ました。
子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。
(やなせたかし 「あんぱんまん」あとがきより)
初期の絵本のアンパンマンは、顔の全てがすっかり食べ尽くされることで、ようやく新しい顔を得ることが出来ます。
文化人類学者の出口顕は、これを「自らの死と引き換えに、または命を賭けてその一部を与えて他者の命を救う、臓器ドナーと同様のことを実践している」と読み、このことが、傷つくことなしには正義は行えないという作者の主張であり、アンパンマンのエッセンスだと解釈します。
当初アンパンマンは、あまり世間から受け入れられませんでした。もともと幼稚園・保育園に直接販売される直販本で普通の本屋に出回りませんでしたし、出版社からは「アンパンマンはもうこれっきりで」といわれ、幼稚園の先生からは「顔を食べさせるなんて残酷」と怒りの手紙が届き、絵本評論家からは「子供はこんなくだらない絵本を読んでも面白がらない」と酷評される始末。
そこでやなせ先生は、自分が編集長を務める「詩とメルヘン」に大人向けの「熱血メルヘン怪傑アンパンマン」を連載しました。これは先生の好きなフランケン・シュタインをベースにしたお話で、かなりダークな雰囲気のもの。これを紹介するだけでもエントリが一つ出来てしまうので省略しますが、一年続けて「支離滅裂なお話」になってしまったために打ち切られます。ちなみに最終回は、「殺人未遂で監獄に入れられたアンパンマンが脱獄する」というストーンオーシャンな話でした。後にこのアンパンマンも書籍化されますが、現在は絶版です。
そのほかにも先生は「いちごえほん」「イラストレ」などの雑誌を創刊し、三本の編集長をかけもちします。そこでもアンパンマンは、誰に知られることもなく、ひっそりと連載されました。
しかし「あんぱんまん」を認める層が徐々に増えつつありました。
子供には向かないとされたアンパンマンを見出したのは、皮肉にも二歳・三歳の子供たち。
どこに行っても、「うちの幼稚園の子供がアンパンマンが大好きで」などとと言われ、もう少し高年齢向けの作風だったやなせ先生は、どうしたものかと戸惑います。アンパンマンも気持ちとしては小学生くらいの児童に向けて書いていたもの。今まで五歳以下に向けた作品を作るのは無理だと思っていたのに、どうしたものか。しかしやなせ先生はそこで決心を固めました。
この読者層に対して、大人はどう対処するのか。甘い赤ちゃん言葉で「かわいいウサちゃん」くらいのところでお茶をにごしていたのではないか。
ぼくは真剣に考えるようになった。そして、自分のメッセージをしっかりと入れることにした。
「正義とは何か。傷つくことなしに正義は行えない」
(やなせたかし 「アンパンマンの遺書」)
「あんぱんまん」のキンダーおはなしえほん傑作選版が出版された76年、六本木の地下劇場で、最初の「アンパンマンミュージカル」が開かれました。このミュージカルで、やなせ先生はアンパンマンの重大な欠点を見つけます。
それは、悪役の存在でした。当時のアンパンマンの悪役は普通の人間で、アンパンマンの相手役としてはパンチが不足していたのです。
そこで先生は「食品の敵はバイキンだろう」ということでばいきんまんを思いつきました。こうして、アンパンマンとばいきんまんという永遠のライバルが出来上がったのです。
ネットではよく、二人の対立する理由が不透明なせいで「ばいきんまんはアンパンマンから金をもらって、アンパンマンの引き立て役としてわざと人々をいじめて退治されている。本当に腹黒いのはアンパンマン」みたいな冗談が飛び交ったりしますが、やなせ先生自身は、二人の戦いについてこう述べています。
現在は新型肺炎(SARS)とか、鳥インフルエンザとか、バイキンが猛威をふるっていて人類共通の敵になっています。しかし酵母菌のようにパンをつくるときに必要な菌、納豆菌とか乳酸菌とか有用善玉菌も多いから、バイキンを死滅させると人間も絶滅する。うまい具合にバランスがとれてるのがいいわけです。
だからアンパンマン対ばいきんまんの闘いは、バランスを保ちながら永遠に続いていくことになります。
(やなせたかし 「人生なんて夢だけど」)
その後アンパンマンの絵本の売れ行きはどんどん伸びていき、80年を過ぎた頃から、先生の仕事は多忙をきわめます。
しかし、そのとき先生はすでに60歳を超える老境に差し掛かっていました。
このあと僕はいったい何をするべきか。何を目標に生きるべきか。
アンパンマンのテーマソングはぼくの作詞だが、幼児アニメーションのテーマソングとしては重い問いかけになっている。ぼくはお子様ランチや、子供だましの甘さを嫌った。
なんのために生まれて
何をして生きるのか
わからないまま終わる
そんなのは いやだ!
何をしていきるのか、自分に問いかける時が来た。
(やなせたかし 「アンパンマンの遺書」)
ドーリィちゃんは
「せっかく命をもらったんだもん、
自分が好きなことだけして、
自分のことだけ考えて、
毎日楽しく生きればいいのよ!」
といいます。
同じようにいのちの星から命をもらったアンパンマンが
「僕が生まれてきたのは困っている人を助けるためだと思うよ」
と言ってみんなのために働いていることなど、
ドーリィちゃんにはとても信じられません。
やがて、ドーリィちゃんは、胸のいのちの星のほのおが小さくなっていることに気づきます。
不安になったドーリィちゃんはふと思いました。
「なにかが足りない気がするの。
私は何のために
生まれてきたんだろう」
(「それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ」パンフレットより)
人生なんて夢だけど、夢の中にも夢はある。
(やなせたかし 「人生なんて夢だけど」)
人生の楽しみの中で最高のものは、やはり人を喜ばせることでしょう。すべての芸術、すべての文化は人を喜ばせたいということが原点で、喜ばせごっこをしながら原則的には愛別離苦、さよならだけの寂しげな人生をごまかしながら生きているんですね。
(やなせたかし 「人生なんて夢だけど」)
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
なんのために生まれて、なにをして生きるのか?
答えられないなんて、そんなのはイヤだ
今を生きることで、熱い心燃える
だから君は行くんだ微笑んで
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
ああアンパンマン
やさしい君は 行けみんなの夢守るため
(やなせたかし 「アンパンマンのマーチ」)
泣いた。
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